(前編はこちら)
四人になった協力隊
2021年4月、山梨からひとりの若者·谷内(やない)くんがやって来て、森づくりの協力隊は4人になりました。
安井さんが卒業するまであと一年に迫り、役場の北直紀さんとたくさん議論しました。時には泣きながら喧嘩もし、たくさん苦労をさせてしまいました。
前編でも書きましたが、協力隊の任期後に自伐型林業を主たる生業にしようとすると、次の3つの課題に直面します。
1.施業する山の確保
2.ユンボなどの重機の確保
3.知識と技術の習得
この課題と向き合ったとき、自分たちだけでは越えられない、北さんでなくてはできないことがあったからです。
1つ目の「施業する山の確保」については、佐田地区の山、池峰地区の山の確保へ着々と動き出しました。2つ目の「ユンボなどの重機の確保」は、協力隊卒業後も担い手が村保有のユンボを使用できる仕組みを作ってもらいました。3つ目の「知識と技術の習得」については、私が林業未経験の人も安心して学べるカリキュラムを作り、道づくりのプロフェッショナル·岡橋一嘉さんの指導のもと基礎から応用まで学べる体制を整えてもらいました。
北さんのおかげで、担い手の気持ちや思いを声にしながら、森づくりに関わる協力隊のメンバーが純粋に森に携わり生きていける道筋ができました。村に来てから今まで、感謝の気持ちはずっとある。けど恥ずかしくて言えていません。この場を借りて、直紀さん、いつもありがとうございます!
協力隊のメンバー(安井さん、谷内さん、石丸さん、私)と、北さん
すでに決まった何かを変えるとき、今ないものを生み出すとき、想いを言葉にし続けること、諦めないことはとても大事だと思っています。例えば、やりたいと思っていることを誰かに提案してだめと言われたからって諦めていたら何も実現しない。夢なんて叶うわけがありません。
一度だめでも次は変わるかもしれない。次はこっちから攻めてみよう、あの人から言ってもらってみよう。いろんな方向から、あらゆる視点から、夢を叶えるために動いてみる。そうすると、時間がかかっても何らかの突破口は開けるものです。夢が叶っている自分とその風景を常にイメージし、それにどんどん近づけていくやり方で、私はこれまでたくさんの夢を叶えてきました。
2019年1月に、3年後自分がどうなっているかを書いたもの。叶っているではないか(笑)
森と人をつなぐ「森のび」
そして2022年4月8日。協力隊を卒業した安井と「合同会社森のび(以下、森のび)」を設立しました。
「森のび」という名前には、森も人も地域ものびのび、ゆったりと美しい森が育っていくように、という願いを込めました。会社のミッション(使命)は、「森を育み、水を守り、未来をつくる」。ビジョン(将来像)は「森と人をつなぐ」です。
「森のび」は現在、5つの事業(森づくり、人づくり、ものづくり、場づくり、エネルギー)を展開しています。1年目の目標は2つ。「森に作業道を開設すること」と「自分たちの拠点をリノベーションすること」。
初めてひとりで長い距離の作業道を作る安井にとって、拠点で使うフローリング材や天井材の必要量を計算し、納期を守りながら作業道を開設して現場から木材を搬出し、製材·加工をお願いしている村の製材所「スカイウッド」さんへのバトンをつなぐことは、とても大変なことだったと思います。
スカイウッドの本田さんには、木の香りや色が保てるように低温で乾燥してもらうなど、さまざまな要望に応えていただきました。
手前の左にいるのが本田さん
村に住む大工·下西さんとは、作業が進むにつれ「安井君は細かいからな~(笑)」「ここは祐子ちゃんに聞かないといけないね~」と、拠点を心地よい場にするために、ひとつひとつ細かいところまで私たちと一緒に考えてつくってくれました。
地域の材で、地域の方の知恵と技術でつくる
安井、本田さん、下西さんの直向きな姿に、私はいつも胸がいっぱいになっていました。そして11月、安井の今年度分の目標だった281.3mの作業道と、拠点2階の「森のびスペース」の改修が同時期に仕上がりました。
下西さんから多くのことを学び、たくさん笑いました。
そして、きたる2023年2月12日と13日。
いつもお世話になっている池峰地区の方々をお招きし、お披露目会を開くことができました。
2日で3回ご案内し、50名近い方々に来ていただきました。「森のび」のこの10ヶ月の活動内容を説明し、拠点全体のご案内をした後に、山に移動して作業道を一緒に歩きました。
お披露目会には東京から昔の同僚が手伝いに来てくれたり、9月から新しく入った協力隊の長柄さんと谷内さんが2トントラックで作業道を走る実演も行い、林業の現場がどういうものかを体感してもらいました。
ずっと、この風景を池峰地区の皆さんと一緒に見たいと思っていました。村に来てからいつもお世話になってばかりで何も恩返しができないまま時が過ぎていたから、こんな機会を使ってお礼を伝えたいという夢が叶いました。いろんな質問、疑問、要望を投げかけてくれて、応援の言葉もいただいて、身が引き締まる、ありがたい時間となりました。
2階の森のびスペースにて、池峰の皆さんと椅子に座っているやすえさん
拠点の近くに住むやすえさんからは「昨日も遅くまで電気ついてたね~踏ん張りなさいよ!」と笑われる。私たちが見守りたいと思っている方々に、私たちはいつも温かく見守られていることに気づかされます。
恩返しってなんだろう?
森の近くにいながら、森に入って遊ぶことをしなくなった村の子どもたち。2021年から始めた、森に入って食·住·エネルギーを楽しく学ぶ「森のび教室」で、彼らは無邪気にのびのびと、それぞれの個性を発揮しながら過ごしています。森に一緒に入るときだけではなく、子どもたちの第3の「居場所」としても、「森のびスペース」でゆっくり過ごしてもらえたらいいなとも思っています。
移住交流体験施設「むらんち」を一緒に作った「学生団体まとい」OBの永尾くんが、2月初めに村に来てくれました。大学卒業前の1ヶ月、村に滞在し恩返しをしたいと考えてくれたのです。一緒に森に入ったり、薪を作ったり、お披露目会も手伝ってくれました。
恩返しって何だろう?
それはお世話になった方に自分の時間を使い貢献する、一緒に時間を共有するということなのだと、永尾くんから教わりました。この先も、下北山村が、「森のび」が、彼を元気にする「居場所」であり続けたい。
山を背景に、永尾くんと。
共に「森のび」の代表を務める安井は、細かいところまで掘り下げて追求するタイプ。一方、私は大雑把でいい加減で、いつも何かと助けられています。些細なことも大事なことも、2人で納得がいくまで話して決めています。
安井がつくる作業道に関して意見することもあれば、デザインのことを安井に相談することもあります。会社をつくってよかったことのひとつが、この「自分たちで決断できる」ということ。
こっちの道に行く?どうする?こっちに行こう!
ここにはまだ道がないから切り拓くのが先かな?そうだね。
そんなやり取りが日常となりました。
これまでも、これからも、「森のび」が大事にする価値観は「無理をしない」「自然に沿う」「次世代につなぐ」の3つ。日々これらを意識しながら、迷った時はこの3つを思い出し、判断しています。
美しいものは強い。
これは、道づくりの先駆者でこの世界に導いてくれた岡橋清隆さんの言葉。時折思い出します。安井が作った作業道は、本当に美しく、凛々しいです。これから村民さんや村を訪れた方々とこの作業道のある森を共に歩き、森の心地よさを感じながら珈琲でも淹れて、一緒に楽しめたらと思っています。
もうすぐ「森のび」は2年目に入ります。5つの事業を継続することはもちろん大切。そのためにも余白を持って、集落の方と過ごす時間、山のことを知る時間、一緒に杉玉作りやものづくりをしながら、大切な人と大切な時間を過ごせるように、自分にも優しくありたい。
この記事に登場した方以外にも、本当に多くの方々に支えられて今があります。これからも、道なき未知を切り拓き、小さいながらもしっかりと根を張って、心地よい「居場所」をこの村でつくっていきます。
photo by Togo Yuta
- 河野祐子
- Kawano Yuko
1971年生まれ。兵庫県神戸市出身。デザイン会社に12年勤めた後、独立。神奈川県葉山に住みながら、下北山村主催の「第3回自伐型林業研修」に毎月参加し、山の素晴らしさに目覚める。このときの仲間と「任意団体下北山ライトクラブ」を設立。2019年4月より林業振興の地域おこし協力隊となり、地域創生室との移住交流体験施設「むらんち 」プロジェクト、自伐型林業研修、道づくりの研修など企画運営し、森と担い手と山主をつなぐ活動を行う。2022年3月、協力隊を卒業。同年4月、森と人をつなぐ「合同会社森のび」を安井とともに設立。