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下北山村には村営のゴルフ場があります。

 

始まりは、「電源開発株式会社」が池原ダムを建設するにあたってこの山に入り込んだ時、何の娯楽もないこの村に休日の楽しみをつくろうと、ここ「池の平ゴルフ場」をつくり始めたことにあるらしいです。

 

1957年に村民の憩いの場として誕生し、1980年1月1日には村営のゴルフ場として開場されました。それからずっと、ゴルフ場の整備は続けられ、ゴルフ場キーパーの熱心さも手伝って、他のゴルフ場に負けないくらいのグリーンが保たれています(現在は「一般財団法人下北山むらづくりセンター」がゴルフ場の管理・運営を担当)。

 

 

村営のゴルフ場というのは、実は全国でも珍しいのではないでしょうか。そんなゴルフ場が、洗濯物を干してから「さあ行こうか」って友達と出かけられるくらい手軽なところにあることも、この村の大きな魅力でしょう。

 

ゴルフの魅力に引き込まれたのは、今から25年以上前。当時は教師の仕事をしながらだから休日しかラウンドできず、春・夏・冬の長期の休みが最高の練習時期でした。

 

友達のアドバイスも受けながら、はじめは自己流です。

 

ゴルフの大先輩である夫もアドバイスをくれますが、まだ経験不足の自分としては、言われた意味が分からず理解したふりでクラブを振り回すと、「言った通りにしていない!」と不満を言われ、喧嘩になるという、ゴルフをする夫婦であれば必ず通るゴルフあるあるに何度もぶつかり、「夫婦でゴルフはしない!」という結論に達して、もっぱら仲間とゴルフに向かっています。

 

 

そうなんです、ゴルフ仲間はいっぱいいるのです。レディースゴルフクラブ(LGC)がありますから、声をかければ、特段用事がない限り、みんなでゴルフ場に集結できるのです。

 

会員は入場料がとても安い。

 

最高齢は91歳の男性。81歳の女性もいます。ゴルフを1ラウンドすれば(ここはハーフなので、2回回って1ラウンドになる)、1万歩以上歩くことになります。しかもゴルフをすると、ただ歩くだけではなく、アップダウンしたり、芝生の上は良い感触だし、上半身も使うし、自分のスコアを計算するために頭も使います。

 

「ここは残り120ヤードだから、このクラブでこう打って、この後はこうしよう」

 

そんなふうに計画をしたりします。ゴルフ用語では「マネージメント」と言いますが、ゴルフをするには欠かせない大事なプロセスで、心技体が良い形に合わさって初めて成功するのです。

 

ただ散歩するより体全体を大きく使います。だから皆さん若いのです。国民健康保険や介護保険から表彰を受けてもいいくらい、高齢者の健康に寄与しています。そんな仲間と月1回コンペがあって、ワイワイと賑やかに1日を過ごします。

 

よその地域にはない、高齢者の集まりだと思います。

 

 

他にも、ゴルフをすることで良い変化はいろいろあります。

 

一番感じるのは、思考の変化です。困ったことがあっても、誰も助けてはくれません。自分で何とかしないといけないのです。迷ったとき、何度打っても思うようにいかないとき、いろいろな思いが頭を駆け巡ります。

 

「大丈夫、いつもの通りやればいい」

「おかしいなこんなはずじゃないのに」

「前はうまくいったよな、こんなことしてかっこ悪い」

 

そんな思いが溢れるのですが、長くやっているとこんな思考にたどり着きます。

 

「結果は結果。この通り、何も問題ないよ」

 

振り返りません。他人の目は気にしません。全部自分がしたことなので、誰のせいでもありません。こんな風にポジティブに受け取ります。そして次のことを考えます。

 

こんなテンポの良い思考は、私に合っています。物事を考えるとき、ゴルフで養ったこのアクティブでポジティブな思考は、その後の人生に大きくプラスになりました。

 

何とか様になってきて、今では夫婦でラウンドすることが多くなりました。趣味が同じというのは、何かにつけて便利です。畑も、農家民宿の仕事もしていますが、片付けたら行こうかと、同じ楽しみに向かっているのはとても楽です。

 

 

春の桜、夏の新緑、秋の紅葉、冬だって美術館に並べたいような美しさがあります。

 

冬の日差しでつくられた枝ばかりの木々の影絵です。太陽が少し上がってきて、後ろから木々を照らすと、その影が地面のキャンバスに見事に描かれます。茶色いキャンバスに黒い線。他の季節にない無彩色の見事な絵画です。グリーンに生える木々が四季折々の顔を見せてくれるのです。

 

この現象を、こんな風にじっくり味わうことが今までなかったんです。知らなかったんです。本当に美しい自然の営みです。その美しさを独り占めできるんです。なんてすばらしい。

 

最近では、若者のゴルファーが増えました。若い男女のペアもよく見ます。ゴルフ人口は減っているし、下北山村の若者もゴルフに向いていないのですが、休日はそんな若者が増えました。コロナ禍が影響しているらしく、調べてもらったら、ここ「池の平ゴルフ場」ではゴルフ人口が増えているそうです。

 

良いことです。受付を済ませば、あとは仲間だけの自然空間ですから、マスクを外しても大丈夫です。そうなればいつものゴルフです。

 

「ナイスショット!」

「ナイスオン!」

「ナイスパー!」

 

仲間内の軽やかな掛け声が響きます。ここでいる間だけでもコロナを忘れます。

 

 

続けられる限り、ゴルフは続けます。だって技術に終わりはないのですから。今日はこれを試してみよう。うまくいったら自分のものにして、技術を安定させよう。1打1打、望みは高くなって、「これでもダメか」と落胆しつつも、次の成功を夢見て動き出しているのです。

 

私の周りのあの人もこの人も、みんなこんな思いだから毎日ゴルフ場に足を運びます。意地悪なことに、ゴルフはそんなに簡単に微笑んでくれないのです。だけど一度ゴルフに微笑みかけられたら、またもう一度とその微笑みを追いかけるのです。

 

やがて動きにくくなって、ゴルフができなくなったら…。そんなつまらないことは考えません。今です。今の自分を楽しむのです。アクティブに、ポジティブに。それが一番。

 

桜の葉が風に落ち、楓の木々の先が少し黄色くなっています。

今朝は少し冷え込んだから、葉が色づきます。

真っ赤なモミジにハッとさせられる季節がやって来ます。

そのモミジに向かって思いっきりクラブを振り切ります。

 

「ナイスショット」

 

声が青空に響きます。

 

 

All photo by Togo Yuta

Nishioka Chigusa
西岡千種

1952年、高知県生まれ。はちきん(土佐弁で、男勝りの女性という意味)で坂本龍馬が大好き。下北山村の小学校に教師新任として赴任したことを機に、村で暮らし始める。引退後は夫と2人で農家民宿「ほったらかし家」を経営。10aほどの畑を借りて、4人の仲間と共に村の特産物「下北春まな」の普及に力を入れている。大のゴルフ好き。著書に『緑のしずく』『花ふわり』『鍬をクラブに持ち替えて』がある。

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