キラキラなんかしなくても
〜ていねいなくらしができなくたって〜

執筆者
上村恭子
上村恭子
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アンタが田舎暮らしとか、笑うわ。

 

目の前の人はそう言いつつ、でも面白がってる風ではなく、相当心配そうな表情で言った。また別の人は、「より一層、描く絵に深みが出そうですね」と言ってくれた。

 

私はそんな人たちに、この下北山村での日々を、この田舎暮らしで見つけたささやかでかけがえのない幸せを見せつけるべく、報告しつづけた。

 

大丈夫ですよ。大丈夫ですよ。

 

心配と期待は表裏一体だとつくづく思う。まあでも実際、引っ越してきたばかりの自分の目線はまだ旅行者気分で、生活のすべてのことが新鮮で、緑の色も水の色もキラキラとして見えたから見栄でもなかった。

 

一昨年ぐらい前になるだろうか、「家にハーブとか生えてたら素敵だな」と思った。そしてバジルの種をプランターにまいた。バジルたちはお日さまの光をたっぷり浴び、びっくりするくらい素直に、ブワーッと芽が出てスクスクーと伸び、ほんの2〜3回ほど摘んで楽しんだのち、嘘のようにザーッと枯れていった。

 

なんで…。

 

植物を育てるのが上手な人を『緑の手を持つ人』と呼ぶと教えてくれたのは誰だったか。私はどうも「緑の手」がないらしいのだった。種と土とプランターがセットになった猫草キットは芽も出なかった。

 

だからなんで…。

 

ないのは「緑の手」だけではなく。ついでに言ってしまうと、実は料理もあんまりそんな得意じゃない。「今日はデリバリーピザにしちゃおうか!」って言っちゃいたい夜もたまにある。いや結構ある。

 

「ピザ生地って意外と簡単だよ?」ってなんかすぐみんな気軽に生地からピザ焼いたりするけども、なんでなん。そんなみんななんで窯とか普通にあるん…うちイースト菌すら無いわ…。ジェノベーゼとか言われてもうちのバジルはすでに枯れたし…。ていうかピザが食べたいというよりも、欲してるのはデリバリーの方だからね…。

 

湯を沸かすのすら億劫な夜もある…。

 

よく考えたら料理の腕がどうとかいう問題じゃない。そう、季節と共に旬の野菜を育てたり、ピクルスや梅干しをつくったり、コンポートやジャムを薪ストーブでコトコト炊いたり、DIYであつらえた素敵な棚にそれらが入ったキラキラした瓶を並べたり…。

 

土に根を下ろし、風と共に生きよう…種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう…なんか、そんな「ていねいなくらし」みたいな? 「夢の田舎暮らし」みたいな?

 

きっとダッチオーブンとか、私はいまだによくわかんないけどみんな使いこなしてるんだろう。オーブンて名前なのに鍋なん?どゆこと?

 

だってこういうとこで取り上げられるのなんかそんな感じばかりじゃないですか。SNSとかでもそんな素敵写真ばかりじゃないですか。みんな写真は上手いし、釣りも上手いし、山登りしたり体動かすのがとにかく好きで、家でもバーベキューやDIYを楽しんでて、なんかもうとにかくアクティブでまぶしい。あたいアンタらがまぶしいよ。

 

私はこんなところに文章書いていいような人間ではないのかもしれない。すみませんすみません。

 

そう。田舎暮らしも五年目を過ぎわかってきた。私は残念ながらどうもなんちゅーかそういうのほんま向いてないのであった(炊飯器で雑に茶粥を炊きながら)(これ近所のお姉さまにめっちゃ呆れられます)(おススメしない)。

 

待って。でも聞いてください。私が言いたいのはここからなんです。

 

『田舎暮らし=ていねいな暮らし』 なのか「田舎暮らしは、ていねいな暮らし」なのか、そんな風に思い込んで「田舎暮らしなんか、自分には無理だ」と思っている人がいるならば、その人に言いたい。

 

「別に緑の手がなくてもいいんです」って言いたい。

「料理が得意じゃなくてもいいんです」って言いたい。

 

 

「ていねいなくらし」ができなくったって、この下北山村で過ごすのはそれでも割と楽しいって。ちゃんと素敵な田舎暮らしはできてますよってことを言いたい。

 

大事なのは上手に旬の野菜アレンジができる腕ではなく、毎日同じ白菜の鍋が続いても、「この時期の白菜ってやっぱりうめーな!」って毎回新鮮に思える鈍感さと素直さだったり、「筍要らない?」って聞かれたときに「うーん筍かー」と渋ったくせに、「アクとって下茹でしてあるよ!」って言われた途端、食い気味に「わー!嬉しい!ください!」ってぬけぬけと喜ぶ図々しさがあればいいのではないかと思うわけです。

 

土曜の朝市では、村内の「緑の手」をもつ賢者のおいしい野菜が安く買えるし、新鮮な旬の野菜は簡単に茹でたり炒めるだけで充分おいしい。それに本当にそれだけで綺麗だ。

 

 

春になれば渓流の女王アマゴがどこからともなくやってくるし、ジビエもなんやかやでいただく機会は多い。ジビエはジップロックと炊飯器で簡単にローストつくれるんよね…Twitterのバズるレシピは偉大だ…。

 

この村に来て、住み始め、いつしか「特別」と「日常」がゆるゆると反転し、キラキラ見えたこの景色も日常となる。そうして日常となっても、それでも、「ああ素敵だな、綺麗だな」とため息が出るような瞬間はまだまだたくさんある。

 

そのことを、こういう場所で言えばいいのだろうけどなかなか言葉にもしづらかったり、写真も上手く撮れないし、何よりそれはすごく個人的な景色だったりで言わないままのこともある。だから苦労して形にしてここに書く気もあんまりない。

 

そもそも自分の中だけで大切にしたい宝物のことまで「情報発信!」という呪いの言葉に騙されて見せなくても良い。なんていうか、「住んだらわかるよ」としか言えない。本当に。

 

キラキラなんかしなくても。こんな適当でひねくれた人間でも、住めばそれなりに楽しい村なのは間違いないということだけ、みんなに伝わればと思います。

Uemura Yasuko
上村恭子

イラストレーター。1977年、奈良市生まれ。奈良芸術短期大学日本画コース卒。ゆうちょ銀行マチオモイカレンダー2018(近畿中国エリア版)の4月、下北山村のイラストで参加。奈良市内の雑貨店「フルコト」のメンバーと、奈良の魅力や歴史を広く伝えたいという想いを込めて、「企画編集会社ココトソコノ制作室」を設立。平成28年に奈良市から下北山村に移住し、拠点としている。主な実績には『なら記紀・万葉 古事記かるた』絵札イラスト、生駒あさみとの共著『奈良で出会う 天皇になった皇女たち』などがある。

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